仕事に対して意欲的に取り組む日本の従業員の割合はわずか6〜7%にとどまり、世界最低水準が続いています。こうした低エンゲージメントの背景には、従業員が自分の仕事に意義や使命感を見出せていないという構造的な課題があります。そこで近年、人事・組織開発の領域で注目されているのが「コーリング(Calling)」という概念です。本記事では、コーリングの定義や導入によるメリット・デメリット、人事担当者が実践できる取り組み事例について解説します。
コーリング(Calling)とは、仕事を単なる収入や地位を得るための手段としてではなく、社会的意義を持つ「天職・使命」として捉える志向性や態度を指します。もともとは宗教に由来する言葉で、そこから転じて「自分がなすべき使命」という意味で用いられるようになりました。
組織行動学の領域では、仕事観を「ジョブ(Job)」「キャリア(Career)」「コーリング(Calling)」の3類型に分類する考え方が広く知られています。ジョブ型は収入を、キャリア型は地位や自己成長を仕事の目的とするのに対し、コーリング型は仕事そのものに意味と意義を感じており、職業を自分のアイデンティティの一部として捉えています。好きなことが仕事にできているかどうかよりも、その仕事に費やした年数が長い人ほどコーリング志向を持つ傾向があり、使命感は必ずしも天性のものではなく、経験の積み重ねによって醸成されるものと考えられています。
コーリングは従業員が自らの業務内容や人間関係を主体的に再構築する、ジョブ・クラフティング(従業員が自らの業務内容や人間関係を主体的に再構築する行動)とも親和性が高く、自ら業務の意味づけを行うことで、その感覚がさらに高まります。日本企業のエンゲージメントが世界最低水準にあるなかで、従業員の内発的動機づけを促すうえで重要な概念として注目されています。

コーリング志向の高い従業員は、仕事に使命感や社会的意義を感じているため、業務へ積極的に関与する傾向があります。従業員エンゲージメントと離職率は深い関係があり、エンゲージメントスコアが高いほど退職率が低下します。コーリングの醸成を通じてエンゲージメントを高めることは、採用コストの削減や組織ノウハウの蓄積にも寄与します。
コーリング型の従業員は、外部からの報酬や管理に依存せず、自分が感じる「意義」をモチベーションの源泉としています。そのため、指示の範囲を超えて同僚をサポートしたり、業務改善のアイデアを自ら提案するといった行動が生まれやすくなります。コーリング感覚を持つ従業員が所属する事業部門は、売上と生産性が上昇する傾向にあります。従業員の裁量で自律的かつスピーディーに行動できる環境作りが、組織全体のパフォーマンス底上げに繋がります。
コーリング感覚を持つ従業員は、仕事からやりがいや充実感を得やすく、精神的健康が良好に保たれます。仕事に使命感を感じていることでストレスが軽減され、日常の業務への不満を起因とする精神疾患に陥るリスクも低くなります。病気による欠勤や休職の抑制につながり、組織全体の生産性維持にも良い影響を与えます。従業員のウェルビーイングが高まることで職場環境の改善効果が対外的にも認知されやすくなり、組織の社会的信頼とブランド力向上が期待できます。
コーリングを醸成する文化を持つ組織は、仕事に意義ややりがいを求める求職者にとって魅力的な職場として映りやすく、採用活動における競争力の向上にも寄与します。特に、社会貢献性や仕事の意味を重視する傾向が強い若年層の人材にとって、「この会社で働くことに意味がある」と感じられる環境は重要な入社動機になりえます。コーリングを大切にする組織風土が社外に伝わることで、自社の採用ブランド強化に繋がります。

組織がコーリングを推進するうえで見落としやすいのが、使命感の強い従業員ほど過重な労働をしてしまうリスクです。コーリング感覚が高い従業員は仕事を自己のアイデンティティと結びつけているため、法定労働時間を超えた働き方を自ら選択するケースが生じる可能性があります。組織側が「この仕事は使命だから」という文脈のもとで長時間労働を黙認してしまうと、バーンアウト(燃え尽き症候群)や健康被害を引き起こす確率が高まります。コーリングの推進にあたっては、勤怠データの定期的な確認や1on1面談の実施など、過重労働を防ぐ仕組みを整えることが求められます。
コーリング志向は、すべての従業員や職種に均等に生まれるものではありません。コーリング型の仕事観は経験年数や職務内容、個人の価値観によって大きく左右されます。ルーティン業務が中心の職種や、私生活を優先したいと考える従業員に対して画一的にコーリングを求めることは、かえってプレッシャーや不信感を生む可能性があります。そのため、人事担当者はコーリングを組織全体に一律適用しようとせず、従業員個々の仕事観や価値観に応じた関わり方を設計することが重要です。
コーリング志向の高い従業員は、使命感から自己犠牲的な行動をとりやすい傾向があります。組織が意図せずその特性を低コストな労働力として活用してしまう構造的リスクへの警戒が必要です。企業への正当な報酬や昇進を提案できるにも関わらず、使命感ゆえその提案を躊躇してしまい結果、処遇への不満が積み重なり離職を招くこともあります。評価結果を昇給・昇進・表彰といった具体的に反映する仕組みを企業側から設けることが、使命感と公正感を両立させる鍵となります。正当に評価される制度を整えることで、従業員は自分の働きが組織に認められていると実感しやすくなり離職抑制に繋がります。
コーリング感覚の強い従業員は、自分の使命感と組織の方針が一致することで高いパフォーマンスを発揮します。一方で急な事業転換や組織が与える業務が食い違うと、強い抵抗感を示します。特に使命感が強固な従業員ほど、抵抗感は強くなり生産性の低下や離職リスクを高めることになります。そのため、人事担当者はコーリングを醸成しながらも、組織の方向性と従業員の使命感を定期的にすり合わせる対話の場を設け、変化に柔軟に対応できる仕組みを整えておくことが重要です。

従業員に気付きを与える、 手軽にスタート可能な手段として、定期的な1on1面談が有効です。上司が部下に対して、担当業務が顧客・組織・社会にどういった貢献しているかを一緒に言語化することで、一人では気が付きにくい部分を見つめ直すことができます。日々の業務に対する整理を継続的に実施し、従業員が自分の仕事を単なるタスクとしてではなく、意味ある貢献であると自覚させることは使命感を抱かせるきっかけになります。従業員目線に合わせた対話の積み重ねが、コーリング感覚の醸成に繋がります。
ボランティア休暇制度や社会課題プロジェクトへの参加機会を整備し、従業員が日常業務の外で社会的役割を担う場を設けることも重要です。地域の環境保全活動や福祉施設でのサポートに業務時間の一部を充当する制度を導入することで、普段とは異なる現場での体験が新たな視点や気づきをもたらし、「自分の仕事がどこかで誰かの役に立っている」という実感が生まれやすくなります。こうした社外での経験が日常業務に持ち帰られることで、業務改善のアイデアや顧客への新たなアプローチが生まれるなど、コーリング感覚とジョブ・クラフティングを同時に促す効果が期待されます。
定期的なキャリア面談の中に、従業員が自分の仕事観や価値観を振り返るといった取り組みもコーリング感覚の醸成に役立ちます。異動や昇進などの節目のタイミングで「これまでのキャリアを通じてどのような瞬間に手応えを感じたか」「今後どのような形で組織や社会に貢献したいか」といった問いを設けることで、従業員が自身の使命感の変化や深まりを言語化しやすくなります。1on1面談が日常の業務と意義のすり合わせを目的とするのに対し、キャリア面談はより長期的な視点から自分のコーリングを問い直す場として機能するため、節目ごとに継続することで使命感が段階的に形成され、長期的な定着が期待できます。
自社の存在意義(パーパス)や事業が社会に与える影響を従業員に伝える取り組みも、コーリングの構築に有効です。たとえば、経営層が定期的に自社のパーパスや社会的意義を語る全社向けの機会を設けたり、顧客や地域社会からの声を従業員にフィードバックする仕組みを整えることで、組織全体の使命感と個人のコーリング感覚を結びつけることができます。組織のパーパスと個人の仕事観が重なることで、エンゲージメントと生産性の持続的な向上に繋がります。

執筆者 snaq.me office編集部
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